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ライブラリ > 晋書地理志 > 晋書巻十五 志第五 地理下 青州

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■本文拙訳 ■本注拙訳 ■拙注
青州。『禹貢』によると海を岱の地とし、舜が十二の牧を置いたときのひとつであった。舜は青州の海を越えた先の地を分けて営州としたので、遼東はもともと青州の領域とされていた。『周禮』では「正東は青州」とある。陽あたりが少なく土を見ればその色が青いためにその名がついた。『春秋元命包』によると「天文の虛と危の宿星が流れ落ちて青州となった。」とある。漢の武帝が十三州を置いた時は旧名に倣い、後漢を経て晋に至るまで改めなかった。青州は、郡国六、三十七県、五万三千戸を統治した。
斉国 秦が郡として置き、漢が国とした。景帝は北海郡とした[一]。統縣五,戶一萬四千。
臨淄 西安(棘里亭があった。) 東安平(東北から女水が出ている。) 広饒 昌国(楽毅が封じられた所。)
済南郡 漢が置いた。五県、五千戸を統治した。魏は蜀を平定すると、その豪族や将軍の家を済河の北に移住させたので済岷郡と改めた、と言われている。しかし『太康地理志』にはこの郡名はなく、詳しいことは分からない。
平寿(昔は国だった。寒浞がここに封じられた。) 下密(三石祠があった。) 膠東(侯国。) 即墨(天山祠があった。) 祝阿
楽安国 漢が置いた。八県、一万一千戸を統治した。
高苑 臨済(蚩尤祠があった。) 博昌(薄姑祠があった。) 利益(侯相。) 蓼城(侯国。) 鄒 壽光(昔、斟灌氏が封じられた国があった所。) 東朝陽
城陽郡 漢が置き、北海郡に属し、魏から晋に至るまでの間、北海郡を分けて立てた。十県、一万二千戸を統治した。
(昔の莒子国。) 姑幕(昔の薄姑氏国。) 諸 淳于(昔の淳于公国。) 東武 高密(漢は郡と改めた[二]。) 壯武 黔陬 平昌 昌安
東萊国 漢が郡として置いた。六県、六千五百戸を統治した。
(侯相。) 當利(侯国。) 盧鄉 曲城 黃(萊山と松林萊君祠があった。) (侯国。百支萊王祠があった[三]。)
長廣郡 咸寧三年(277)に置いた。三県、四千五百戸を統治した。
不其(侯国。) 長廣 挺
恵帝の元康十年(300?)[四]、平昌郡を置いた。城陽郡の黔陬県、壯武県、淳于県、昌安県、高密県、平昌県、営陵県、安丘県、大県、劇県、臨県の十一県を分けて高密国とした[五]。永嘉の乱で、青州は石氏の手に落ちた。東萊の人、曹嶷を刺史とし、広固城を造ったが、後代の石季龍は滅ぼされることとなった。石季龍の晩年、遼西の段龕は自ら斉王を号し青州に拠った。慕容恪は趙を滅ぼして青州を征服した。苻氏は燕を平定し、その地を手に入れた。苻氏が敗けた後になり、刺史の苻朗は州をあげて降伏した。
朝廷は幽州を置き、別駕の辟閭渾を刺史とし、広固を治所とした。隆安四年(400)、慕容徳によって滅ぼされ、ここを都として南燕と号し、青州と改めた。慕容徳は并州牧を置いて陰平を治所とし、幽州刺史を置いて発干を治所とし、徐州刺史を置いて莒城を治所とし、青州刺史を置いて東萊を治所とし、兗州刺史を置いて梁父を治所とした。慕容超が青州の東萊郡に移ると、後に劉裕に滅ぼされ、長史の羊穆之を留めて青州刺史とし、東陽城を築いてここに駐留させた。元帝が長江を渡り、青州を一時的に広陵に置いた。こうして支配権の及ばない州を一時的に領内に置くことが始まり、北青州を置いて東陽城を治所とし、別に立てた一時的な州を南青州とした。後に南青州を省き、北青州を直して青州とした。
[一] 景帝以為北海郡
馬與龍の『晋書地理志注』には次のように書かれている。『漢書地理志』には斉郡、北海郡とあり、『後漢書郡国志』には斉国、北海国とあり、共にそれ以来改めずに今に至る。本編で北海郡は列挙されていなく、「景帝以為北海郡」という七字にはあるものの、他郡と同じように列挙されていない。今ここで「濟南郡」の諸県を観て、「青州」は「齊國」の後に原則的に「北海」「濟南」の二郡が列挙されるであろうことを合わせて考えると、「北海郡」とそれに所属する県、平寿、下密、膠東、即墨の四県と、今「濟南郡」に属する県、祝阿の一県とは「北海郡」としては本編から外されたのだろう。この「景帝以為北海郡」の七字が「北海郡」の記述として僅かに残っている。後世の校録者が詳しい考察を追記することができず、平寿など四県をみだりに「濟南郡」の下に入れ、この七字を「齊國」の本注に入れるといった改ざんをした。
考えるに、馬與龍は次のように説いている。晋は北海郡を有しており、武帝紀、宗室伝、文六王伝、劉敏伝、石垣伝、王猛伝および左伝莊公元年の杜注は皆、その証拠となる。
[二] 高密漢改為郡
「郡」は各本では「都」とあるが、今ここで宋本に従い「郡」とする。『漢書地理志』下では高密は国であるとしている。『後漢書』張步伝に張步は張寿を高密の太守としたとあり、則ち、前漢の末、新の王莽が高密国を廃して高密郡としたということである。
[三] 黃有萊山松林萊君祠侯國有百支萊王祠
「萊君祠」と「百支萊王祠」の「萊」は各本では「來」とある。「」は各本では「惤」とあり、今ここで殿本に従い「萊」「」とし、『漢書地理志』と合わせる。
[四] 惠帝元康十年
『舉正』では元康は九年までとある。
[五] 又分城陽之黔陬壯武淳于昌安高密平昌營陵安丘大劇臨朐十一縣為高密國
考異:営陵以下の五県は皆、東莞郡に属していて、城陽郡に属していない。おそらく脱文があるのだろう。東莞郡には広県があり、ここでは「大」といい、隋の煬帝の諱を避けて改めたのだろう。


< 原文 > 『晋書』中華書局 1974年11月刊行 ISBN 7101003087
青州。案禹貢為海岱之地,舜置十二牧,則其一也。舜以青州越海,又分為營州,則遼東本為青州矣。周禮:「正東曰青州。」蓋取土居少陽,其色為青,故以名也。春秋元命包云:「虛危流為青州。」漢武帝置十三州,因舊名,歷後漢至晉不改。州統郡國六,縣三十七,戶五萬三千。
齊國 秦置郡,漢以為國。景帝以為北海郡[一]。統縣五,戶一萬四千。
臨淄 西安有棘里亭。 東安平女水出東北。 廣饒 昌國樂毅所封。
濟南郡 漢置。統縣五,戶五千。或云魏平蜀,徙其豪將家於濟河北,故改為濟岷郡。而太康地理志無此郡名,未之詳。
平壽古國。寒浞封此。 下密有三石祠。 膠東侯國。 即墨有天山祠。 祝阿
樂安國 漢置。統縣八,戶一萬一千。
高苑 臨濟有蚩尤祠。 博昌有薄姑祠。 利益侯相。 蓼城侯國。 鄒 壽光古斟灌氏所封國。 東朝陽
城陽郡 漢置,屬北海,自魏至晉,分北海而立焉。郡統縣十,戶一萬二千。
故莒子國。 姑幕古薄姑氏國。 諸 淳于故淳于公國。 東武 高密漢改為郡[二] 壯武 黔陬 平昌 昌安
東萊國 漢置郡。統縣六,戶六千五百。
侯相。 當利侯國。 盧鄉 曲城 黃有萊山,松林萊君祠。 侯國。有百支萊王祠[三]
長廣郡 咸寧三年置。統縣三,戶四千五百。
不其侯國。 長廣 挺
惠帝元康十年[四],又置平昌郡。又分城陽之黔陬,壯武,淳于,昌安,高密,平昌,營陵,安丘,大,劇,臨十一縣為高密國[五]。自永嘉喪亂,青州淪沒石氏。東萊人曹嶷為刺史,造廣固城,後為石季龍所滅。季龍末,遼西段龕自號齊王,據青州。慕容恪滅趙,克青州。苻氏平燕,盡有其地。及苻氏敗後,刺史苻朗以州降。朝廷置幽州,以別駕辟閭渾為刺史,鎮廣固。隆安四年,為慕容德所滅,遂都之,是為南燕,復改為青州。德以并州牧鎮陰平,幽州刺史鎮發干,徐州刺史鎮莒城,青州刺史鎮東萊,兗州刺史鎮梁父。慕容超移青州於東萊郡,後為劉裕所滅,留長史羊穆之為青州刺史,築東陽城而居之。自元帝渡江,於廣陵僑置青州。至是始置北青州,鎮東陽城,以僑立州為南青州。而後省南青州,而北青州直曰青州。
[一] 景帝以為北海郡
馬校:漢志有齊郡,有北海郡,續漢志有齊國,有北海國,未嘗併改也。志無北海郡,此處「景帝以為北海郡」七字殊不連屬。今合觀下文「濟南郡」諸縣,知「青州」「齊國」之後原列「北海」「濟南」二郡,因脫去「北海郡」原文及其屬縣,惟存平壽、下密、膠東、即墨四縣;又脫去「濟南郡」屬縣,惟存祝阿一縣。而此「景帝以為北海郡」七字本「北海郡」下原文僅存未脫。後之校錄者不加詳察,漫以平壽等四縣竄入「濟南郡」下,以此七字竄入「齊國」下。按:馬說是。晉有北海郡,武紀、宗室傳、文六王傳、劉敏傳、石垣傳、王猛傳及左傳莊公元年杜注皆可證。
[二] 高密漢改為郡
「郡」,各本作「都」,今從宋本作「郡」。據漢志下,高密為國。然後漢書張步傳載張步以張壽為高密太守,則漢末或新莽曾廢國為郡。
[三] 黃有萊山松林萊君祠侯國有百支萊王祠
「萊君祠」、「百支萊王祠」之「萊」,各本作「來」;「」,各本作「惤」,今從殿本作「萊」「」,與漢志上合。
[四] 惠帝元康十年
舉正:元康只九年。
[五] 又分城陽之黔陬壯武淳于昌安高密平昌營陵安丘大劇臨朐十一縣為高密國
考異:營陵以下五縣皆隸東莞,不隸城陽,恐有脫文。又東莞有廣縣,此云「大」者,疑避隋煬諱改。

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【発効日】2003/07/31
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